大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)5393号 判決 1969年3月20日

原告 熊本トミ

右訴訟代理人弁護士 岡本一太郎

被告 株式会社富士銀行

右訴訟代理人弁護士 中務平吉

同復代理人弁護士 立入庄司

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告は請求の趣旨として「被告は原告に対し金一二八万〇二八〇円ならびにこれに対する昭和三六年一〇月一二日より同三七年一〇月一一日まで年五分五厘の割合による金額および同年同月一二日より完済まで一日金一〇〇円につき金六厘の割合による金額を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、請求の原因を次のとおり述べた。

一、被告天満橋支店(以下、被告支店という)は昭和三六年一〇月一一日いずれも期間一ヵ年、期日昭和三七年一〇月一一日、利率年五分五厘の約定で、「河合」なる認印を届出印鑑として左の(イ)ないし(ホ)の五口の架空(人)名義の定期預金契約を締結した(以下これを本件預金契約といい、右定期預金を本件預金という)。

そして本件預金契約は、原告がその夫徳市が代表社員をしている訴外合資会社熊本製針所(以下、訴外会社という)の店頭へ来た被告支店の係員との間で原告自ら原告の出捐にて締結したものである。

預金額 預金名義人 預金証書番号

(イ)三〇万円 河合久夫 76/B86

(ロ)三〇万円 河合謙三 76/B87

(ハ)三〇万円 河合頼子 76/B88

(ニ)三〇万円 河合幾子 76/B89

(ホ)八万〇二八〇円 河合依子 76/B90

<以下省略>

理由

一、被告支店が昭和三六年一〇月一一日いずれも期間一ヵ年、期日昭和三七年一〇月一一日、利率年五分五厘の約定で、「河合」なる認印を届出印鑑として原告主張の(イ)ないし(ホ)の五口の架空名義の定期預金契約すなわち本件預金契約を締結したことは当事者間に争いがない。

二、原告は本件預金契約に基づく本件預金の預金者は原告であると主張し、被告はこれを争いむしろ預金者は訴外会社であると主張するので判断する。

(一)  無記名定期預金については格別、少なくとも記名式定期預金においては、預金契約も契約(金銭の消費寄託と解される)である以上、誰が預金(債権)者であるかは預金契約の趣旨により誰が預金契約上の権利帰属者であるかによって決定すべきである(預金債権が指名債権と解される以上証券(預金証書)の所持はそれ自体権利を表象しないことは当然である。)

(二)  ところで元来記名式定期預金の場合においては、預金契約において権利帰属者の氏名が預金名義人として明示されるのが建前なのであるから、まず預金名義人を預金者とする趣旨であると一応は解釈すべきである。

(三)  そして次に右預金名義人が預金者ではないという場合(例えば架空名義の場合、なお架空名義の場合、預金者の決定については無記名の場合と同様に考えるべきであるとする見解は、理論的にみても記名式預金と無記名式預金の法律的性質の差異を無視するものであり、実際的結果からみても架空名義預金の場合の権利者を必要以上にとくに真実(権利者)名義預金の場合のそれ以上に保護することになりかねないので、にわかに採用しがたい)には、右預金契約の趣旨を契約解釈の一般原則に従い(なお大量的定型的な銀行取引の特質にかんがみ外形的明示的に表示されたところを重視すべきものと考えられる)判断することによりこれを決定すべく、預金契約の趣旨が、預入行為者を本人とし預入行為者を権利帰属者とするものであれば預入行為者が預金者であるし、預入行為者は第三者の使者、代理人にすぎなく本人たる第三者を権利帰属者とするものであるかまたは預入行為者はいわゆる第三者のためにする契約の要約者であって受益者たる第三者を権利帰属者とするものであるならば右各第三者がそれぞれ預金者であるというべきである。

従って、預金名義人が預金者ではないという場合において自己が預金者であることを主張しようとする者は、自ら預入行為者としてあるいは使者代理人たる預入行為者を通じて預金契約をしたことまたは預入行為者がいわゆる第三者のためにする契約の要約者として預金契約をなしたことおよび自己が右契約の受益者であることを主張(立証も)すべきことになる。

(四)  そして右預金契約の趣旨を判断するに際しては、前記解釈態度に従って、預入行為者、その他の第三者等の言動等その明示的黙示的に表示されたところとこれに対する受入銀行の認識とを総合して決定すべきであり、金員の出捐関係、預金証書および届出印鑑の占有状況等は右表示ないし認識の解釈評価のうえで意味を有することがある(預入行為者が本人でなく使者、代理人等である場合等によく問題になる)にとどまるものというべきである。

三、本件についてこれをみるに、本件預金契約が架空名義の定期預金契約であることは当事者間に争いがないのであるから、その預金者は本件預金契約の趣旨を前記のごとき解釈態度で判断することによりこれを決定すべきことになる。

この点につき原告は本件預金契約は訴外会社の店頭へ来た被告支店の係員との間で原告自らが締結したものと主張しており、これは原告が自ら預入行為者として本件預金契約をしたことを主張しているものと解されるが、原告の右主張事実については、これに符合する<証拠>はにわかに信用できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない(原告が被告支店発行の本件預金証書の受取証(甲一号証)を占有している事実はあるが右受取証はその名宛人が原告ではなくまた本件預金契約に際し用いられた架空の預金名義人でもなくむしろ訴外会社であることを考慮すると、右受取証占有の事実によっても原告主張事実を認めるに足りないし、原告が本件届出印鑑たる「河合」なる認印を占有しているとしてもそのことからただちに原告主張事実を認めるに足りない)。よって原告が本件預金の預金者であるとする原告の主張は失当である。

(ちなみに、本件預金の出捐関係につき証拠による判断をしてみても、原告が本件預金の出捐者であるとはいい難いので架空名義の定期預金の預金者の判定について出捐者を基準とする説に立ってみても、原告が本件預金の預金者であるとする原告の主張は失当である。)

四、よって原告が本件預金の預金者であることを前提とする原告の本件請求はすべて理由がないからこれを棄却する。

<以下省略>。

(裁判官 古川正孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例